574-575行
クレオン「あの人がもしそう言ったのなら、それはあなた自身がご存知のことです。あなたは今私に尋ねたのだから、私もあなたに尋ねるのが正しいと思う。」
オイディプスの尋問をクレオンは簡単に受け流す。テイレシアスの予言内容をクレオンが知っていたと考えないほうが良いだろう。彼はその件に触れないことを望む。「あなた自身がご存じのこと」は「私の知ったことではない」を含意する(Kamerbeek)。そのニュアンスを強調するなら「あの人がそう言ったとしても、それは私のあずかり知らぬことです。」と訳すことも出来よう。しかし「あなたが知っていることだ」は「私の知ったことではない」と同義ではないので、そこまでやると訳としては解釈過剰にも思える。
575行「あなたが今私に聞いた同じこと(ταὔθ' ἅπερ)を、私もあなたに聞くのが正しいと思う。」但し写本では指示代名詞のταῦθ’。既述のことではないので、刊本はほぼこの形に変更している。「同じこと」とは問いの内容が同じ、というのではなく、問いの仕方が同じ、ということで、オイディプスが一行対話でクレオンに尋ねたように、クレオンも581行まで一行対話でオイディプスに尋ねる。「あなたが今私に尋ねたのと同じやりかたであなたに尋ねるのが正しいと思う」の方が直訳としては良かったかも知れないが、クレオンがオイディプスに問いかけを行う正当性の「理由」が関係節で示されていると考えた。岡訳「わたしにおたずねがあったからには、同様にわたしもおたずねしたい」はこの二つの点では優れているが、δικαιῶのニュアンスを伝えるには弱い気がする。
579−581行
オイディプスの予測に反して、クレオンはライオス殺しのことなど尋ねはしない。オイディプスが姉と結婚しており、姉のイオカステはオイディプスと同等の権力を持っており、「三番目に私も等しい権力を持っている」ことを確認する。「あなたは姉と、この地を等しく統治しておられるな?(579)Ἄρχεις δ' ἐκείνῃ ταὐτὰ γῆς ἴσον νέμων;」は問題を孕んでいる。
νέμωという動詞の両義性のゆえに、(1)「あなたは彼女と同等にこの土地を支配し、等しい権力を持っているな?」、(2)「あなたは彼女と同等にこの土地を支配し、等しい権力を彼女に分け与えているな?」という二つの解釈の可能性があるからだ。(2)なら、オイディプスが一番、イオカステが二番、という順位だが、(1)はそこが曖昧になる。オイディプスの「あれの望むことはすべて私から与えられている(580)」という答え、またその後のやりとりは、クレオンが(2)を含意していたように進む。しかしもし(2)を言うのであれば、王弟の王への問いかけとしては、二人称を用いて「あなたが」姉と同じかどうかを等のではなく、三人称を用いて「姉が」あなたと同じ権力を持っているかどうかを問うのが適切だろうからだ。しかし、「あなたは姉と結婚しているな?」に続く上記の問いは、(1)の含意を響かせている。オイディプスが結婚によって王位を与えられたことが背景にあるからである。また、「あなたたちふたりに加えて三番目に私も等しい権力を持っているのではないですか?(ἰσοῦμαι σφῷν ἐγὼ δυοῖν τρίτος; 581)」もイオカステが権力の中心にあることを暗示する。オイディプスはイオカステと結婚したことによって彼女とἴσον(同等)な権力を持ち、クレオンはイオカステの弟であることによって彼ら二人とἰσοῦμαι(対等)であると。「三番目として対等」という矛盾を内包した言い方は面白い。