第三部は三つの章からなる。
第七章「上演における諸文化の編み合わせ」
第八章「諸芸術の上演」
第九章「文化上演」
さて、演劇学は上演の学である以上、「非西洋文化における上演、他の諸芸術の 上演、他ジャンルの文化上演」(183)を扱わねばならない。第三部はそれらの問題を扱う。
第七章では、異なった文化圏に属する上演が与える影響について、フィッシャー・リヒテは「編み合わせ」の概念を用いて、明治時代に日本演劇が、例えば川上音二郎一座の欧州公演でドイツやフランスの演劇に与えた影響、またヨーロッパの近代劇が日本に与えた影響を例にして、それらを「文化の編み合わせ」という概念によって説明しようとする。
二〇世紀初頭には、ほとんど未知の文化圏の演劇的要素を摂取するという、一九世紀まで続いてきた[交流の]形式をはるかに超える発展が始まった。新たな輸送技術によって芸術家個人だけでなく一座全体が自分たちの演出を、全く異質でそれまでおよそ知ることのなかった文化圏の観客に披露できるようになり、その結果、彼らの演出は遥か彼方の異文化圏の観客にとっても、俳優が肉体的に演じるのを直に経験できるものとなった。彼女がここで取り上げるのは、(1)川上音二郎一座の欧州公演(1900-02)、(2)ラインハルト、メイエルホリドなど、ヨーロッパの近代演劇における日本や中国の演劇形式の取り入れ(花道、黒子、衣装の約束事など)、(3)日本の演劇の近代化としての新劇である。これらの例は、二つの問題を明らかにするだろう。第一は、「編みあわせのプロセスを調べる際、日本学の専門知識がどの程度必要か、あるいは日本演劇の専門家—日本学研究者あるいは日本の演劇学者—との共同作用がどの程度必要か」(204)ということであり、第二は、これらの実例で問題になる「近代演劇」とは何なのか、ということだ。前者に関しては、(2)以外は共同や専門知識が必要だよね、って話になり、後者に関しては近代化≠西洋化とされる。この時代の「編み合わせ」は「それぞれ異なる仕方で理解され経過も様々な近代化のプロセスと密接に関連しているため、それに対応しながら研究を行うには、それぞれの根本にある近代概念と近代化概念を明らかにすることが必要不可欠なのである」(208)。<脱線>訳者割り注で「「現代演劇」が通常は第二次世界大戦頃から後の演劇を、「近代演劇」はそれ以前、一九世紀末にまで遡る範囲を示し、一九一〇—三〇年代は境界期と考えられる。ところがこれらのすべてを欧米語ではModernes Theaterと称することができる」(200)とあるのは、私には新しい知識だ。本当に、七〇年以上も前の演劇のことを、今「現代演劇」って言って良いのだろうか?また、今の演劇のことをModernes Theaterって言って良いのだろうか? 演劇学の人たちのこのあたりの歴史意識は私には面白い。</脱線> 文化の編み合わせが重要になるもう一つの領域は一九七〇年代以降の上演で、ここでは「とりわけ次の二つのファクターが決定的となっている。一つは旧植民地の独立であり、もう一つは新たなコミュニケーション・テクノロジーの普及である」(209)。 これに関しても、三つの問題圏を彼女は指摘する。(1)客演と国際フェスティヴァルから発生する諸問題。(2)ある演劇文化から他の演劇文化へ諸要素を移し替えることから発生する諸問題。(3)異なる文化背景を持つ芸術家たちによる共同作業から発生する諸問題。
(1)に大きな問題圏があると考えるのは、彼女の上演についてのとらえ方による。「上演が演者と観客との肉体の共在、両者の出会いと相互作用から生まれ、それ故に上演は毎回、一回限りで反復不可能であるとすれば、そこから生まれる結果として、客演やフェスティヴァルごとに予見不可能性の度合いが高まり、全く同一の演出ないしは振付が、かなり大きく異なる新上演を生み出すことになるからである」(210)。ここに絵画との大きな違いがある。絵はどこで見てもその物質性は同じだが、上演の物質性には「観客の反応」も入ってくるし、こうした反応は俳優/パフォーマー/ダンサーに影響を及ぼすので、毎回異なる上演が生まれることになる」(210)。例えば一つのツアーが異なった文化圏で異なった受け取られ方をしつつも喝采を浴びている場合、「それぞれの文化圏の専門家が研究に加わらない状況で、上演分析の手法によってこれについてどの程度適切に考慮できるのか」(210)と。
それは図式が悪いとしか……
「毎回異なる上演」は別に異文化での上演に限らないし……
上演分析の手法はそもそも一人称現象学なんだから別のその場その場で研究者が観てやれば良いんじゃない……
「上演」について観客反応を内在的なものとしてとらえ、たとえば映画についてはそうとらえないことが問題。
「イングロリアス・バスターズ」をドイツの田舎町で上映する場合と、東京のシネコンでやる場合とでは、(1) 物質的同一性はない(スクリーンの大きさ、輝度、映像の質の高さは異なる)。(2) 観客反応は異なる(Nazisploitationへの反感はドイツの方が強いだろう)。それゆえ、両者を別のもの、として扱うべきだろうか。両者を別のものとしなければ分からない問題圏はあるだろう(なぜこの作品はドイツでは受け入れられなかったのか?)。しかし映画学はそれを「同一の作品」として扱うことが出来る。上演の場合彼女のように「別のもの」であるという主張が説得力を持つように見えるのは、観客→演者へのフィードバックが想定されている(し実際に存在している)からだ。しかしこの議論では、フィードバックは二つの上演の「物質的同一性」の不在を示すという役割しか持っておらず、その不在は映画の場合でも同じだ。現象的経験は映画の場合でも異なる。だから、図式が悪い。
(2) ある演劇文化から他の演劇文化へ諸要素を移し替えることはしばしばIntercultural Theater(異文化間演劇)の名前で呼ばれていた。これは(a)「異文化」のそれぞれが「完結した一貫性を形成している」ことを暗示していることと、(b)非西洋的演劇の要素を西洋演劇に移植する場合と、その逆の場合が非対称的に(前者は良いもので後者は悪いもの)とらえられることのゆえに好ましくない。そこに前提されている、「自」と「異」のアイデンティティの対立はもはや存在していないのだ。面白いのは、「異」を吸収することで「これまで固有であったものが根本的な変化を被り、新たな芸術的アイデンティティが生まれ得る」(215-16)ことである。
(3)インターナショナルなアーティストたちのユートピア的共同体の可能性について彼女はかなり肯定的だ。まあそうなんでしょ。<脱線>ラルフ・レモンの地理学三部作(ダンス)についての言及で「参加アーティスト間の文化的相違が止揚されることはなく、むしろ相互の尊重と理解を特徴とする新たな調和的共存を生み出すために生産的に用いられた」(216)は「止揚」って訳しちゃ駄目じゃん。「捨て去ることなく」でしょ。</脱線>でも、このインターナショナルな編み込みの話題になると、やっぱりグローバリズムとか文化帝国主義とか文化的簒奪の話を避けて通れない。というか、演劇学の人はこの手の話が好き。一言で言うと、ローカル化は良いけれどグローバル化は文化帝国主義で文化的簒奪だ、と。それでどれがローカル化でどれがグローバル化なのかの分類。チェン・シージェンが「国立京劇院」で行った『バッカイ』はアメリカの資金がたっぷりで、京劇要素を用いたものの京劇の形式を変更してギリシア劇の復元に努めたので悪いグローバル化。ルォ・チンリンが河北省の河北子様式で制作した『メデイア』は良いローカル化らしい。上演もデルフォイだし、アメリカの金はそんなに使われていなかったみたいだし。資金源を捜せ(とは彼女は言わない)。「演劇はまずはローカルでなければならず、この前提のもとでのみ真に国際的になり得る、というハイナー・ミュラーの発言がいかに的を射ているかが、改めて証明される」(230)らしい。
私の考えでは、文化帝国主義や文化的簒奪について声高に語る多くの文化人はその文化の内部で抑圧者だ。ロックが嫌いなのは金持ちの年寄りに決まっている。そもそも演劇はPC的正当性の中でお高くとまっている高級文化ではない。何であれ取れるものは取るところから出発している。グローバル化であろうがローカル化であろうが、そこでポリフォニーが実現していることが重要だ。
ちょっと怒りモードになったので、続きは日を変えて。
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