547-552行
クレオン「そう、まずはその話から聞いて下さい。」
オイディプス「まずはその話だが、自分が悪人ではないなどという話をするには及ばない。」
クレオン「理屈に合わない強情が美徳だと思っておられるのなら、あなたの考えは正しくはない。」
オイディプス「身内に酷い行いをして罰を受けずに済むと思っているのなら、おまえの考えは正気ではない。」
オイディプスとクレオンの短いやりとりが続く。547-8は一行ずつ。549-556は二行ずつが二回、557-571まではまた一行対話だ。オイディプスとクレオンが「同じだけ」語っている。訳ではなかなか同じだけの長さに出来ないのだけれど。最初の一行対話は両者ともτοῦτ' αὐτὸ で始め、次の二行対話はクレオンがοὐκ ὀρθῶς φρονεῖς.で文を終えるとオイディプスはοὐκ εὖ φρονεῖςで終えるというように、厳密ではない対応がある。548行のオイディプスの応答には「まずは」はないが、この文体をいかすために加えた。「まさにその話からまずはお聞き下さい」「まさにその話だが…」にした方が良かった。「その話」とは、直前にオイディプスが言う「おまえは敵だ、それもやっかいな敵だ」という話であり、クレオンは自分がオイディプスに害意を持つことが不合理だという、予習してきただろう話を語ろうとする(クレオンが実際にそれを語るのは583行から)が、オイディプスに遮られる。オイディプスはライオス事件のことを直ちに持ち出す。ライオス事件はここでは、テイレシアスが真の予言者ではなく、陰謀の加担者であることの証拠として持ち出される。
558−560行
オイディプス「いったいどのくらいになるのだ、ライオス殿が……」
クレオン「彼がどうしたと? おっしゃることが分からない。」
オイディプス「人殺しの手にかかって亡くなられたのは一体いつのことなのだ。」
オイディプスの質問の途中でライオスが割って入っている。割り込みを省くと、オイディプスの言葉は、「いったいどのくらいになるのか、ライオス殿が人殺しの手にかかってなくなられてから」。クレオンは、ライオスのことをここで問われるとは思っていなかった。テイレシアスとオイディプスのやりとりについて詳細を知っていたわけではないことが分かる。オイディプスの言葉はクレオンにとって予想外であり、彼は慌てて言葉の途中で割り込む。日本語では項やって割り込まれると疑問を繰り返さないと分からない。大体、「ライオス殿が人殺しの手にかかってなくなられてからいったいどのくらいになるのだ」が通常の語順なので、拙訳のように倒置にすると、それだけで変に強調がかかってしまい、まるで割り込みを予感しているかのように感じられる。難しい。「そもそもライオス殿が…」「彼がどうしたと?おっしゃることが分からない。」「人殺しの(以下略)」だと語順としては自然だけれど、クレオンが割り込んだのには、問いに「ライオスが…してからどれ位たつのだ」という疑問詞(πόσον…χρόνον)が含まれていたからなので、「そもそもライオス殿が…」とオイディプスが言ったとたんに割って入るのも不自然だ。クレオンの割り込みは570-72行にも見られるが、こちらの場合文体上は559行ほど明白ではない。
岡訳が注で「このあとテキストに若干の脱落が推定される」と書いてあるのは、おそらく、古注に「オイディプスが省略法で語るので、クレオンは「何を聞いているのですか。分かりません」と言う」とあるのを誤解したのだろう。ギリシア悲劇で他人の台詞への割り込みがどのようになされていたのかは推測を出ない。現代のギリシア人を見ると、「同時に喋る」というのが一つの解の可能性に見えるけれど、今のギリシア人のしゃべり方から2500年前を想像するのは無理がありすぎる。
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